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MY HISTORY

私の軌跡

齋藤 大也

モバイル端末・サーバー開発・経営企画、
そして新規事業の開拓へ。

齋藤 大也 Hiroya Saito
2002年入社
営業部 課長
齋藤は学生時代、特にプログラミングなどソフトウェアに関する勉強や経験をしていなかったため、「モノづくりがしたい」「身近にあるもの」「流行りモノ」「グローバル」という言葉をキーワードにして広く就職活動を行っていた。たくさんの会社の説明を聞くなかで、最も自分の印象に近かったのがNTTデータMSEであり、選考が進むにつれて会社の理解が進むと、さらに入社への意欲が高まっていき、NTTデータMSEへの入社を決めた。
学生時代にソフトウェア開発の経験がなかったため、入社後の新人研修では苦労したが、プログラミングの経験を持つ同期の助けやアドバイスを受け、研修を修了時には、NTTデータMSEのエンジニアとしてスタートを切ることができた。
2002年4月 2002年4月
ガラケー(フィーチャーフォン)全盛期
海外向け携帯端末の開発を手がけ、濃密な日々、濃密な時間のなかでスキルを鍛え上げる。
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新人研修が終わり、齋藤が配属されたのは海外向けの携帯端末の組込みソフトウェアを開発する部署であった。海外向けの携帯端末の開発であったため、開発を進めるためには、実際に現地で開発を行っている現地の会社のエンジニアや、出張している同じチームのメンバーとのコミュニケーションが必然となる。コミュニケーションを取るには、時差を考慮し現地時間に合わせて、夜間に打ち合わせや会議を行うこともあったという。

「自分の配属されたチームは同世代のメンバーも多く、活気と勢いがある環境のなかで、お互いに競い合うように開発に没頭することができました。携帯端末の開発が、当時の最先端を行くテーマであり、それと向き合っているという自負が、皆のモチベーションを高く保てた要因だと思います」。
特に齋藤が担当していたUSBや赤外線などを使って外部機器と接続する機能や、テレビ電話機能の開発は、開発が進むと実際に海外で発売される端末に搭載して、作った機能の確認を行っていた。初めて外部機器やテレビ電話が繋がった瞬間の喜びは、今なお胸に残り、鮮明な記憶として蘇るという。
「当時はドイツに3ヶ月ほど滞在して、現地のエンジニアと膝を突き合わせながら、妥協なき開発を主導したこともあります。言語の違いによるコミュニケーション不足やソフトウェアの品質に関する意識の違いなど、現地のエンジニアとの間に大きな課題もありましたが、顔を合わせてコミュニケーションを取り、自分の言葉で相手に意思を伝え続けることで次第に共通の意識や信頼関係が芽生え、開発がスムーズに進むようになっていきました。濃密な日々、濃密な時間のなかで、鍛え上げられたスキルは、今の私を形作る頑強なバックボーンとなっています」。
その後、モバイル端末の市場は、国内外問わずユビキタスの時代へ突入し、一気にモバイルネットワーク社会の幕が開いていく。

2011年3月 2011年3月
プロジェクトマネージャーへ
モバイル端末の開発から、モバイルサービスを支えるサーバー側の開発へ。
端末側とサーバー側、双方の視点から開発を行う。
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モバイルネットワークの市場はさらに進化が進み、徐々にスマートフォンの時代へシフトしていく。このようなモバイルネットワーク市場の大きな地殻変動の最中、齋藤はモバイル端末自体開発からスマートフォンのサービスを担うサーバー側の開発へと、次の新しいステージに立つ。
「仕事の内容としては、スマートフォンと通信するサーバ側の開発です。スマートフォンの加入者がうなぎのぼりに増える状況のなかで、新しい職場の勢いも加速していきました。疾走感あふれる現場で、引き続き高いモチベーションで仕事と向き合うことができました」。

新しいステージに立った齋藤にとって大きく変わったのは、開発する対象がモバイル端末からサーバーへ変わったことだけではなかった。今回は、開発といってもこれまでのように自分で手を動かして設計・実装をするのではなく、プロジェクトをマネジメントする立場となり、プロジェクトの推進的な役回りとなる。そもそもサーバ開発の専門的な知識も無いに等しい状態で、プロジェクトメンバーと連携したり、お客様に対して開発状況を説明したり‥‥等々、初めて尽くしの毎日だったが、学ぶことが非常に多く貴重な時間だったと齋藤は言う。

「新しくサーバー側の開発に携わるというだけでなく、プロジェクトをマネジメントする立場で仕事をするということで、当時は無我夢中に取り組んでいましたが、改めて振り返ると、端末側とサーバー側、両方の視点での開発を経験することができたことで、モバイルサービスを形作るサービスの全体像を理解することができるようになり、俯瞰的にものごとを捉えることができるようになったことが自分にとって一番の成長だったと思います。さらにはスマートフォンのユーザー数が累計5,000万人を超える勢いを目の当たりにして、そこに広がるとてつもなく大きな市場の凄みを感じ、そのときに今のIoTにつながる胎動を実感しました。いよいよNTTデータMSEの新しい歴史が始まる!と確信したのを今でもはっきりと覚えています」。

2013年7月 2013年7月
事業企画スタッフとして
経理感覚と経営感覚を身につけ、
新しい事業を切り拓く最前線へ!という想いが芽生える。
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プロジェクトマネジメントを行ってきた開発時は、顧客と一緒になって仕事をしていたため、顧客側での作業が中心だった。そして齋藤を待っていたのは、会社の経営や事業の方向を企画する企画部の仕事であった。この新しいステージは、会社の経営に近い役割をということもあり、開発部門、営業部門、スタッフ部門などさまざまな部署との連携し、会社全体を俯瞰して状況を把握することが非常に大切であった。開発でプロジェクト単位の収支を見ていた頃と異なり、多角的に会社の状況を知らなければならず、そのためにはさまざまな知識が必要になり、特に財務会計・管理会計といった経理的な視点と知識・スキルは非常に勉強になったという。
「経理の人からするとまだまだ未熟者ですが、損益計算書や貸借対照表といった財務諸表から読み取れる会社の多彩な側面だとか、さまざまな数字を根拠に生み出される経営計画だとか、経営トップの意思を間近に感じられることだとか、これまでの仕事内容とは明らかに異なるものばかりであり、すべてが新鮮で、非常に勉強になりました。そして何より社会人として、自分自身の視野が一気に広がったのが最大の収穫です」。
これまでの開発経験だけでなく経営感覚も身につき、改めて齋藤の中で芽生えたのは、新しい事業を切り拓く最前線へ!という想いだった。

2015年7月 2015年7月
営業の最前線へ
ビジネスの種を探り、それを芽生えさせ、育む活動を続ける。
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モバイル端末の開発、プロジェクトマネジメント、経営企画とさまざまな仕事を経験した齋藤が自ら志望した次のステージは営業。これまでの経験を武器に次なるステップへと踏み出す。
「営業は、自分の性格からも不安な所はありましたが、もっと外を見てみたい、いろいろなことを経験してみたいというチャレンジの気持ちの方が強く、あえて自分から飛び込んだ世界です」。
齋藤は、新規ビジネスの開拓をミッションとして、精力的な営業活動を展開する。例えば、ライセンスビジネスを確立して、自動的に利益を生む仕組みをつくる取組みや、モバイル端末側だけでなくサーバー側の知見を活かしたモバイルサービスの根幹となるアプリケーション開発の取り込みなど、NTTデータMSEの未来を支える事業の柱を育てるためのアプローチを行う。
「現在は、営業として案件を受注してくるだけでなく、受注した案件の開発プロジェクトが円滑に動けるよう、開発部門と一体になって、運営をサポートしています」。
今後も齋藤は、営業の最前線で動いてはビジネスの種を探り、それを芽生えさせ、育む活動を続けていく。
「今後は、既成概念にとらわれず、新たな視点でチャンスを探り、仕掛けていきたい。例えば、農業やヘルスケア分野でのチャレンジ、センサー技術とクラウド技術とアプリ開発技術を組み合わせての新サービス創造など、あらゆる可能性を追求していきます」。
自らの足跡を振り返って、齋藤は語る。

「モバイルの進化の歴史と共に歩んだ道のりだったような気がします。今に至るキャリアステップは、入社時には想像もできなかったことですが、充実の歩みでした。自分の未来に対しても期待感が膨らみ、ワクワクドキドキしています。これからも時流を捉えながら“未来を変えるチカラ”になる挑戦を続けていくつもりです」。

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